大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)1382号 判決 1985年3月26日

上告人

宮下昭治

右訴訟代理人

深澤武久

鈴木孝雄

被上告人

有限会社三栄物産

右代表者

久保田耕司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人深澤武久、同鈴木孝雄の

上告理由第一ないし第三について

原審の確定したところによれば、(一) 被上告人は、昭和五五年八月七日、訴外信濃加工株式会社(以下「信濃加工」という。)に対し、本件二通の約束手形(満期はいずれも昭和五六年一月二六日)をいわゆる融通手形として振り出し、信濃加工は、直ちに長野信用金庫に対し、これを取立委任のため交付し、右各手形にその旨の裏書がされた、(二) 翌八月八日、手形の不渡りを出して倒産した信濃加工は、長野信用金庫に対し、本件各手形を信濃加工が同信用金庫に対して負担していた債務の担保として譲渡することを約したが、手形上の処理はされなかつた、(三) 長野信用金庫は、信濃加工のため支払期日に本件各手形を支払場所に呈示したが支払を拒絶された、(四) 上告人が昭和五六年三月一〇日信濃加工の長野信用金庫に対する債務を保証人として代位弁済したので、同信用金庫は、信濃加工との前記(二)の約定に基づき担保物として預かつていた本件各手形を、被裏書人欄の「取立委任ニ付長野信用金庫」との記載を抹消したうえ、上告人に白地裏書の方法で譲渡した、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。

ところで、約束手形の取立委任裏書を受けてこれを所持している者が、その裏書人との間で当該手形の譲渡を受ける旨の合意をしたとしても、そのときに右取立委任裏書を抹消して新たに通常の譲渡裏書がされるか、又は取立委任文言が抹消されるなど、右譲渡のための裏書がされなかつたときには、後日取立委任文言を抹消しても、これによつて譲渡裏書としての効力を生ずるのは右抹消の時からであつて、前記譲渡の時に遡つてその効力を生ずるものではないと解すべきであるから(最高裁昭和四五年(オ)第七三四号昭和五〇年一月二一日第三小法廷判決参照)、前記の事実関係のもとにおいて、長野信用金庫は、満期後(取立委任文言等を抹消した昭和五六年三月一〇日頃)に本件各手形を信濃加工から隠れた質入裏書として白地裏書譲渡を受けたものであり、被上告人は、長野信用金庫及び同信用金庫から更に裏書譲渡を受けた上告人に対し、融通手形の抗弁をもつて対抗することができるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定と異なる事実を前提とし、若しくは独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四について

記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らせば、原判決に所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(長島敦 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人深澤武久、同鈴木孝雄の上告理由

第一、原判決には重大な理由不備があり、右理由不備は原判決主文に影響を及ぼすものである。

一、(1)原判決はその理由一の2の(一)において

「信濃加工は、昭和五五年八月七日控訴人から本件手形の振出交付を受け、直ちに長野信金に取立委任をなすべく本件手形を同信金須坂支店に交付した。」

と認定し、更らに同(二)において、同月八日これを既存債務の担保と約した旨認定した。

(2) 判決理由二の抗弁についての判断において、抗弁1を認めた。

即ち、本件約束手形は信濃加工のために被上告人の振出した融通手形である、と認定した。

(3) 而して右判決は、訴外長野信金と上告人の本件手形の取得は期限後の取得であるから、被上告人は右抗弁をもつて上告人に対抗することができるとして、上告人の本訴請求を棄却したのである。

二、然しながら、右認定は左の諸点において重大な理由不備がある。

1 まず、原判決は「信濃加工は昭和五五年八月七日長野信金に取立委任をなした」旨判示するのであるが、右手形が信濃加工のための融通手形であるとすれば、経済取引界において、融通手形はその割引によつて金融をうけ、或は金融をうける担保とするために融通をうけるものであつて、その見返りとして交付する、いわゆる見返り手形は、右融通手形より数日満期が短く、従つて融通手形の発行者は、見返り手形の落ちた手形金を資金として融通手形を決済するものである。

そうだとすれば、融通手形を本件認定のように、交付をうけた即日取引ママ委任のために取引金融機関である長野信金に交付することは、経験則上特段の事情なき限りありえないことである。まして、同月八日既存債務の担保とする約定があつたことを無視して、単なる満期においても取立委任であつたと解するのは経験則に反する。

2 これは本件手形関係においても、仮りに信濃加工がこれを即日取立委任したとすれば、信濃加工においては原判決第二手形目録記載の見返り手形は第一手形目録記載の本件手形より満期が六日早いのであるから、信濃加工は手形決済資金を六日分窮することになり、信濃加工も被上告人も何らの利益も生じない。

従つて、経験則上かかる取立委任の関係にあるものと認定することは、よほど特段の事情がなくてはならないというべきである。

また、同月八日、長野信金と信濃加工間の担保として譲渡する約定の成立の効果についても言及していない。

3 むしろ本件においては、本件手形が融通手形であると認定したのであれば、信濃加工から長野信金に交付したのは、割引のためか、その他既存の債務の担保としての約定のもとに交付されたのであるかが判断され、そのいづれも認められない場合はじめて単なる取立委任と解されるべきである。

即ち、長野信金が本件手形の交付をうけた日に、新たに割引による融資をしていないとしても、右交付をうけた日から満期までの間に信濃加工から既存の債務の担保として取得しているか否かを判断すべきであり、長野信金は同日現在信濃加工に対し多額の融資をなしており、かつ、これが担保不足分は本件手形金額をはるかに超えるものである。

しかも上告人は、右同日少くとも同月八日、長野信金が担保として本件手形を取得していたものと主張しているのであるから(長野信金の期限後取得を否認している)、原判決は当然これを判断し、その判断を示したうえで、単なる取立委任か否かを判断すべきである。

従つて、右判断を示さず、昭和五五年八月七日長野信金が本件手形の交付をうけたのは単なる取立委任であると認定し、同月八日の前記担保約定も理由なく無視している原判決は、重大な理由不備があるというべきであり、かつ、その理由不備が影響して主文の判決をなしたものである。

第二、原判決は上告人の主張に対する判断を脱漏し、かつ、被上告人の主張していない事実につき判断し、右違法は判決主文に重大な影響を及ぼすものである。

1 上告人は、長野信金が昭和五五年八月七日本件約束手形を少くとも同月八日信濃加工から既に融資済の債務の一部に対する担保として取得したものであつて、期限後に取得したものではない旨主張しているに拘らず、原判決はこれに対して一切の証拠を顧りみず、何らの判断を示していない。

右の上告人の主張は、本件手形を昭和五五年八月七日信濃加工が長野信金に対して交付するに際し、「取立委任」文言が手形上に記載され、単なる取立委任裏書であつたとする被上告人の主張に対応するものであるから、上告人の主張として判断されるべきである。

更らにまた、昭和五五年八月八日、信濃加工と長野信金間に本件手形を既存債務の担保とする約定があつたと認定しているのであるから、満期以前において、長野信金が本件手形を担保として取得しているか否かが判断されるべきであり、また、八月八日の約定の事実が期限後取得と如何なる関係になるのか、が全く判断されていない。

なお、原判決に摘示された最高裁判所判例も、隠れた、即ち、手形文言上顕れていない担保としての手形取得は、取立委任文言を抹消しなければならないというものではなく、長野信金と上告人の間の権利移転においては、長野信金が手形上取立委任裏書をうけているのみでは権利移転の効力なく、その抹消が必要であつても、信濃加工と長野信金間においてはこれを必要としないし、また、前記判例もこれを必要とする判示はしておらず、原判決裁判所の誤解であつて、理由、判断にはあたらない。

2 また被上告人は、長野信金が昭和五六年三月一〇日頃取立委任文言を抹消することにより本件手形を取得した旨明らかに主張していない。

右明らかに主張していれば、これに対して上告人も原審において右主張に対して攻撃防禦をつくせたのである。

然るに、原判決は右被上告人の主張していない事実を認定して判決主文を導いたものである。

3 なお原判決は、引用判例を著しく誤解するものであつて、原判決の引用する右最高裁判決は「昭和四二年八月一〇日取立委任裏書をうけた手形所持人が、満期に支払場所に支払呈示をして支払拒絶された後である同四三年三月二日右取立委任文言を抹消した」事実を前提として、「取立委任文言を抹消した時から通常の譲渡裏書となる」ことを判示したものである。

ところが、本件にあつては、原判決一2(二)(五丁表八行目以下)認定のとおり、

「信濃加工は翌八日手形不渡りを出して倒産し、同社の湯本富夫は長野信金に対し本件手形を信濃加工が同信金から借受けている債務の担保として譲渡することを約したが、手形上の処理はされなかつた」まゝ満期に支払呈示をしたが、その支払いを拒絶され、その後、被控訴人が代位弁済をして本件手形上の権利を取得したものであつて、右最高裁判決と本件は前提となる事実が異るのである。

即ち、信濃加工は長野信金に多額の債務を負つていたところ、昭和五五年八月七日不渡りを出して倒産したため、既に長野信金に交付してあつた本件手形を右借入金の弁済のために譲渡することを約し、長野信金は手形上の権利を取得したが、本件手形は当時長野信金須坂支店から本店に送付されていたため、取立委任文言の抹消が遅れたものにすぎないのである。

長野信金は本件手形の満期前である同年八月七日頃本件手形上の権利を取得したのであるから、被上告人は融通手形の抗弁をもつて長野信金に対抗することはできず、その後、長野信金から裏書譲渡をうけた上告人に対しても同抗弁を対抗できないのは当然であるのに、これと反する原判決は理由に齟齬がある。

4 原判決は「長野信金は本件手形の取立委任文言及び長野信金の文字を抹消した昭和五六年三月一〇日頃に、本件手形を信濃加工から隠れた質入裏書として白地裏書譲渡をうけた」と認定するが、前述のとおり、長野信金は同五五年八月七日頃信濃加工から抗弁の切断された本件手形上の権利を取得したもので、同五六年三月一〇日信濃加工と長野信金間で何ら手形行為がなされていないのに、何ら理由を示さない原判決は、理由を附さない違法がある。

第三、原判決には重大な理由齟齬がある。

一、原判決には左のとおり、重大な理由齟齬が数個存在し、もつて、原判決主文を導いたものである。これを列挙すると左のとおりである。

1 原判決は、その理由で本件約束手形を第一記載のとおり融通手形であると認定し、かつ、その一方において、その融通手形の振出しをうけて見返り手形の振出人である信濃加工は、これを長野信金に取立委任裏書したのであつて、満期においても長野信金は取立委任をうけたにすぎないものであり、担保としてこれを取得したのは、昭和五六年三月一〇日であると認定した。

右は、融通手形の金融の担保に供されるものであるという経験則に反し、理由に齟齬がある。

2 原判決はその理由一の2の(二)において、信濃加工は昭和五五年八月八日倒産したと認定し、かつ、信濃加工に同信金は債権があつたと認定(右理由部分――本件手形を信濃加工が同信金から借受けている債務の担保として――)しているに拘らず、一方、同(三)において、長野信金は支払期日に信濃加工のために(即ち取立委任をうけた立場のみで)支払場所に支払の呈示をした旨認定した。右後段の認定は、その後に続く判決理由の文意からすると、いまだ長野信金は取立委任をうけた立場のみで、倒産した信濃加工の債権者たる地位をかえりみていないことになり、その手形を担保として取得したのは不渡りとなつた後である昭和五六年三月一〇日頃ということになる。

右認定は、倒産した信濃加工のため、即ち、一般債権者のために、自ら多額の債権者である長野信金が支払の呈示を行い、しかも、担保のために手形を取得するのに満期前の手形を取得せずして、わざわざ支払の呈示をしてその不渡りとなつた手形を担保に取得したという、いづれも経験則上ありえない、極めて矛盾した事実であつて、重大な理由齟齬となる。

3 原判決は理由一の2の(三)において、信濃加工は昭和五五年八月八日倒産し、信濃加工と長野信金の間において本件手形を既存債務の担保として譲渡する約定が成立した、と認定し、この約定の結果、本件手形につき、どのような権利関係の効果、変動が生じたか一切判断することなく、同(三)において、長野信金による支払呈示は信濃加工のため(倒産しているので実質的には一般債権者のためということになる)であると認定し、不渡となつた後である昭和五六年三月一〇日頃右信金が本件手形を取得した、と認定した。債権者であり担保として譲渡をうけた長野信金が、これを翌昭和五六年三月一〇日まで取得せず、満期には倒産会社のために呈示することは経験則に反し、右認定もまた、重大な理由齟齬である。

二、以上はいづれの一をとつても、原判決が変更されるべき重大な理由齟齬であり、かつ、右理由齟齬のためにかかる判決主文に導かれたものと思料されるが、以上三ケ所にわたる重大な理由齟齬については、追而その詳細につき上告理由補充書を提出する。

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